もうだめだ50歳超えました。本当にお金がない。

本当にお金がありません。困っています、いや困り続けてきました。特にこの5年間は自分で会社を経営してみましたが完璧に行き詰っている初老の男の愚痴です。恐縮です。すいません。毎日辛いです。

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死ぬということ


絶望的貧困

私は人生で2回全身麻酔を経験しました。

1度目は高校生の頃に肘を骨折し、手術したときです。

このときは夜中に目が覚めてトイレに行こうとしたのですが、頭が痛くて倒れそうになったのを覚えています。

この手術が上手くいったのかどうなのかわかりませんが、いまだに私の右腕は左腕に比べてあまり曲がりません。


自分の右手で右肩が触れません。


2度目はこのときです。正常な人間の感覚ではないですね。

spike5555.hatenablog.com

これを食事のカテゴリーにも入れている自分に狂気を感じます。





で・・・





この2回の全身麻酔ですが、おどろくほど簡単に意識を失ってしまうことが凄いなぁって。

とくに2度目のときは、可愛い看護婦さんと麻酔が効く直前まで話をしていました。

急に胸の辺りに何かがこみ上げてくるような感覚があって「あ、麻酔が来ました」って看護婦さんに言った瞬間から記憶がないです。

目が覚めたら全て終わっていて別室にいました。


なんだか、そのときの麻酔の効き方というのが途方もなく強烈でした。


電源を落とす?というよりコンセントごと抜かれるというか、ブレーカーが落ちてしまうような感じで意識がなくなります。

バッチーン!という感じでブラックアウトしました。

死ぬってこのような感じなのかなと思いました。

であれば、死ぬってそんなに怖くないです。

死ぬ瞬間なんて意識できませんし、死んだ後はなにもわかりません。

したがって「死」という概念は当人には無い物と一緒です。

周りの人は「死」を確認できますが、当人にはまったく確認も理解もできないので存在しないことと同じです。

だから、「死」は無いのです。



まぶたの裏に「GAME OVER」と表示してくれたらわかりやすいですね。

「あ、GAME OVERか! ピーチ姫を助けるの失敗したんだ」と自分の人生が終わったことを理解できます。


Game Over


痛みや苦しみがないという前提であれば「死」自体は存在しないのと同じなので、多少の不安はありますが、死ぬこと自体はそんなに怖くないです。


この世から消えてなくなることにはたいして興味がありません。

だって認識できないのですから。


しかし、気になるのは私の周りの人たちです。

彼らは当然私の死を認識します。

私以外はみんな私が死んだことを知ることになります。

私だけが自分の死を知らないって変な話です。


自分だけであれば死なんてどうだっていいのかもしれません。

私自身は死んでしまった肉体なんてどうだっていいです。

野良犬に食わせてやってもかまわないです。


残された遺族は大変ですね。

葬式も墓もなしで死体は野良犬に食べさせますとは言えないでしょう。


魂だけがまた違うところで生まれ変わる輪廻というのもあまり信じられません。

ゲームのようにまた次のチャンスがあって新しいキャラでやり直せるならいいですけど、実際にはありそうにないです。

魂は単なる脳の作り出した幻影のように感じます。


私は死んだらもう「GAME OVER」だと思っています。

もう全てが終了してなにもかも無になる「GAME OVER」です。

今はGAMEの真っ最中なんです。

人の人生なんて神様がプレイしているGAMEでしかありません。

神様がコントローラーでミスしたら「GAME OVER」になるだけです。